エリコンは去り、カリギュラとシピオンがふたりきりに。
どういう顔をしたらいいのか、少しためらいつつも、穏やかな様子でシピオンに元気だったか?まだ詩を書いているか?とたずねるカリギュラ。憎悪と、自分でも分からないある感情の間にたって、気まずい思いをしながらも、シピオンもまた穏やかな様子で、いくつかの主題で詩を書いていると答えるシピオン。 どんな主題の詩だ?と問うカリギュラに、自然についての詩だと答えつつも、自分の父親を殺したカリギュラへのあてこすりの言葉を投げるシピオン。そんなシピオンの横に、カリギュラは腰をおろし、シピオンを見つめ、それから荒々しく彼の手をとって、力づくで自分の足元に引き寄せる。シピオンの顔を両手にはさんで、「お前の詩を読んで聞かせてくれ」と頼む。 それだけはできない、と断るシピオンだが、内容だけでも教えてくれ、と頼むカリギュラに抗いきれず、その詩について語りだす シピオン 「ぼくはその詩で、ある種の調和を歌ったのです、大地と・・・」 カリギュラ (何かの想いに憑かれたような口調で、それをさえぎり) 「・・・大地と人間の足との。」 シピオン (驚き、ためらい、そして続ける) 「そうです。大体そういうことです・・・」 カリギュラ 「それから?」 シピオン 「・・・・それから、ローマの丘の連なりと、夕暮れになると訪れてくる、移ろいやすく、また心ときめくあの安らぎと・・・」 カリギュラ 「・・・緑色の空を行く、あの雨燕(アマツバメ)たちの泣き声と」 シピオン (さらに夢見心地に) 「そう、そうです。」 カリギュラ 「それから?」 シピオン 「それから、まだ一面金色の空がたちまち揺れて、一瞬のうちに、光輝く星々に満ち溢れたもう1つの面(おもて)を見せてくれるときの、あの微妙な瞬間。」 カリギュラ 「そのとき、大地から夜の闇へと立ち上る、煙と樹々と水の流れのあの香り。」 シピオン(すっかり陶酔に身をゆだねて) 「・・・・あの夕蝉の鳴く声と、立ち返る夕暮れの冷気、犬の吠え声、まばらになった馬車の音、農夫たちの声・・・」 カリギュラ 「・・・乳香樹とオリーブの林の中、闇にすわれて行くあの小径・・・」 シピオン 「そうだ、そうなんだ。そのとおりです!でも、どうしてご存知なのです?」 カリギュラ: (シピオンを抱きしめて) 「おれにはわからない。それはきっとおれたち二人が、同じ真実を愛しているからだろう。」 シピオン: (ふるえながらカリギュラの胸に顔を埋めて) 「ああ!どうだっていい、すべてが僕の中で愛の姿に変わってしまったのだもの!」 カリギュラ: (相変わらず愛撫を続けて) 「それは偉大な心の持つ美徳なのだよ、シピオン。ああ、せめてこのおれに、お前のような透明な心を持つことが出来たらな! だが、俺は知りすぎるほど知っている、人生に対するおれの情熱の激しい力を。そいつは自然などでは満足しないのだ。お前にわかることではない。お前は別の世界の人間だ。 お前は善のなかで純粋なのだよ、ちょうど俺が悪のなかで純粋なようにな」 シピオン 「ぼくには分かります」 カリギュラ 「いやわかりはしない。俺の中にあるこの何物か、この沈黙の湖、この腐敗した水草はな。(突然調子を変えて)お前の詩はさぞかし見事だろう。だが俺に言わせてもらえばな・・・・」 シピオン 「(同じ口調で)はい」 カリギュラ 「全然抜けてるものがある。血だ」 シピオンは突然身を引き離し、嫌悪と恐怖の面持ちでカリギュラを見やる。彼はそのまま後ずさりをしながら、全身全霊をあげてカリギュラを見据えつつ、うめくように言う。 「おお!怪物、汚らわしい怪物め!また芝居をしたな!ええ?今のは芝居だな?そうとも、それでご満悦だ、な?」 激昂するシピオンをなだめながらも、しだいに興奮してきたカリギュラもまた、怒りの言葉を吐く。 カリギュラ 「(逆上して、シピオンに跳びかかり、その襟首をとらえ、ゆすぶる) 孤独だと!貴様にはわかっているのか、孤独とは何か?貴様のは、詩人や能無しの孤独だ。孤独だと?だがどんな孤独だ?ああ!貴様にはわかりはしない、一人でいるとき、人間は一人きりではない!そうだ、どこへ行っても、同じように未来と過去の重荷がつきまとう!おれたちの殺した人間どもが、いつも俺たちと一緒にいる。殺した奴らなら、まだしも気は楽だ。だが、おれたたちの愛したやつら、愛さなかった奴ら、愛してくれた奴らはどうだ,後悔と欲望と、苦渋と甘美の想い出と、淫売どもに、神々の一味残党だ。 (彼はシピオンを放し、自分の席のほうへ後ずさりする) たったひとりになる!俺の孤独は、存在に毒された孤独だ。この孤独の代わりにせめて本当の孤独を、一本の木の静けさと震えを味わうことができたら。 (突然、疲れきった様に腰を下ろす) 孤独は歯軋りでいっぱいだ。孤独全体が、物音と、失われたどよめきで鳴り響いている そしておれが、愛撫してやる女のそばで、夜のとばりがおれたちの上に垂れ込め、おれが、ようやく満たされたおれの肉体から離れて、生と死との間でかろうじて自分というものをつかまえたと思うその時、俺の横でなおも沈み込む女の腋(わき)の下から匂う、快楽のひりつく匂いで、俺の孤独はいっぱいになるんだ」 彼はすっかりつかれきった様子だ。長い沈黙 シピオンはカリギュラの後ろをまわって、ためらいながら近づく。 彼は片手をカリギュラのほうに差し延べ、その肩の上におく。 カリギュラは振り向かずに、その手の上に、自分の片方の手を重ねる。 シピオン 「どんな人も人生の中に一つの優しさを持っています。 それに助けられて、人は続けるんです。自分は余りにも擦り切れてしまったと感じる時、 人はその優しさの方へ振り向きます。」 「あなたの人生にはそういうものはないと言うのですか、涙が溢れそうになることとか、静かな隠れ家とか?」 カリギュラ 「いや、あるにはあるな。」 シピオン 「じゃ、なんです、それは?」 カリギュラ (ゆっくりと) 「軽蔑さ 」 ★★★★ 第二幕 閉幕 ★★★★
by pukapuyajiri
| 2007-11-06 09:29
| カリギュラ
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