カミュ原作 「カリギュラ」あらすじ 第三幕  ~上~

       ★★★  第三幕  ~カリギュラは神か?暴君か?~   ★★★

幕が上がる前に、シンバルと太鼓の音。幕があくと、芝居小屋のようなものがあり、その芝居の前の前口上がセゾニアとエリコンによって行われている。シンバル係がその両脇に。その芝居小屋の客席には、何人かの貴族とシピオンが座っている

シンバルの音とともに、エリコンとセゾニアは前口上を続ける

セゾニア
「さあさあ寄ってご覧(ろう)じろ!拝みなさい、お賽銭をあげなさい。天上界の神秘が今日唯今(こんにちただいま)、どなたの目にも拝めるのだよ。


エリコン
「オリンポスの世界とその楽屋裏、裏の裏のからくりに、太平楽や悲劇の数々。さあさあ、寄ったり寄ったり!神々様の真実の掛け値なしのお姿だ!」

セゾニア
「拝みなさい、お賽銭をあげなさい。さあさあ、もっと近くへお寄んなさい。いよいよこの回の始まり始まり」

シンバルの音。壇の上へ様々な小道具を運び込む奴隷たちの往来。

エリコン
「真実と寸分違わぬ(たがわぬ)光景だ、いまだかつて例の(ためしの)ない舞台。神々の力を示す雄大無比の光景が、この地上に現され、地を沸かす驚天動地の手稿、さては稲妻 (奴隷たち、噴射式の火薬に火をつける)、さては雷鳴の轟き(砂利をつめた樽をころがす)、意気揚々とのし歩く運命の姿そのものときた。さあさあ、近くへ寄って、とっくりとご覧じろ!


彼が垂れ幕を引くと、カリギュラが、グロテスクなヴィーナスの衣装をまとい、台座の上に立っている姿が現れる。カリギュラは愛想良くせりふを言う。

「本日はヴィーナスとござい。」

その後、セゾニアの先導の元、貴族たちはカリギュラ扮するヴィーナスへの祈りの言葉を暗唱するように命じられる。以下、セゾニアと貴族たちの暗誦した祈りの言葉


「苦しみと踊りの女神よ。
 波のうちより生まれ、塩と水泡(みなわ)に包まれて、ねばねばと苦きものよ。
 汝、笑いのごとく、悔恨の想いのごとく
 恨みとも、あくがれいずる想いとも言うべき者よ
 われらに教えたまえ、愛を甦らすかの冷ややかな心を
 知らしめたまえ、いかなる真理もなしというこの世の真理を
 しこうして、与えたまえ、この比類なき真理と同じ高みに生きる力を

  (セゾニア、貴族たちに命ずる。「息をついで!」)
  (再び始める)

 汝が賜物もてわれらを充たしたまえ、われらが面の上に、汝がわけへだてなき残忍の心を、
 汝が公平無私なる憎しみを注ぎたまえ。
 われらが眼(まなこ)の上に、花々と殺戮に充ち充てる汝が両の手を開きたまえ
 汝が迷える子らを迎えたまえ
 彼らを、汝の冷ややかにして懊悩に充てる愛の非情の隠れ家に、かくまいたまえ
 汝のあてどなき情熱を、理由なき苦患(くげん)を、はたまた、未来なき汝の歓びを・・・・

 (セゾニア、一段と声を張り上げて)

 汝、かくもむなしく、かくも燃えさかる者、非情無残ながら、かくも地上的なる者よ、
 汝と等しきその酒にわれらを酔わしめ、汝の黒々とした辛き心のうちに、
 われらをしてとこしなえに、飽かしめたまえ」

最後の言葉が貴族たちによって唱えられるやいなや、それまで不動の姿勢を保っていたカリギュラは、突然大きな息をして大きな声で答える

「承知いたした。皆のもの、汝らの願いはかなえられるであろう」


彼は台座の上にあぐらをかく。貴族たちは一人一人平伏して賽銭を上げ、退場に先立って右手に列ぶ(ならぶ)。賽銭をカリギュラに上げるのを忘れた貴族に、カリギュラは言い放つ

「ちょっと待った。坊や、戻っておいで。礼拝するのはよいことだよ、だがね、お賽銭をあげるのはさらによいことなのだよ。かたじけない。これでよい。
 神々に人間たちの愛情以外の財源がないとすれば、神々はこの哀れなカリギュラと同じく貧乏なはずだ。
 さて、諸君、今はもう帰ってよろしい、そして今諸君が目の当たりにする好運を得たこの驚くべき奇蹟を、行って町中に言いふらすがよろしい。諸君はヴィーナスを見た、文字通りに諸君の肉眼で見たのだ、そしてヴィーナスのほうで、諸君にお言葉をおかけくださった。
 さあ、さあ。(貴族たち動き出す)  ちょっと待った。お帰りは左手の通路からどうぞ。右手の通路には、諸君らを皆殺しにするよう衛兵を立ててあるのでな。」

貴族たちは、あわただしく、いささか無秩序に退場。奴隷たちと楽師たちも姿を消す

シピオンに声をかけるエリコンとセゾニア。シピオンは、カリギュラが神を冒涜した!と怒っている。

シピオン
「カイユス様、あなたは神々を冒涜した。地上を殺戮の血で穢した上に、今度は天まで穢そうというのだ」

セゾニア(いとも冷静に)
「ずいぶん思い切ったことを言うのね。当節ローマでは、これほどえらそうな口をきかなくても死ななきゃいけない人がいるというのに。」

シピオン
「ぼくはカイユス様に本当のことを言う決心をしたのだ」

セゾニア
「どう、カリギュラ、あなたの政治に欠けていたものよ、りっぱな道徳家というのは!」

カリギュラ(興味をもって)
「じゃ、お前は、神々を信じているのか、シピオン?」


神を信じてはいないと答えるシピオンがだが、なおもカリギュラの行いを非難する。

「権力を愛する男にとっては、神々の対立はいささかうっとうしいことだ。だからおれはそれを抹殺してやった。おれは幻にすぎぬ神々に対して、一人の人間が、もしその意思さえあれば、別に習わずとも、神々の愚劣な仕事ぐらいやってのけることが出来ることを証明してやったのさ」

そして、神々と肩を並べる方法は、ただ一つ、神々と同じく残酷になることだと悟ったのだ、と答えるカリギュラにシピオンは、言い募る。

シピオン
「暴君になればいいわけだ」

カリギュラ
「いったい暴君とはなんだ?」

シピオン
「目のつぶれた魂です」

カリギュラ
「どうかな、シピオン。いや、暴君とは、実現しようと思いついたある種の考えや、あるいは自分の野心のために、人民を犠牲にする男のことだ。おれはそういう類いの考えなど持ち合わせていないし、名誉や権力のために術策を用いる必要もない。おれがこの権力を行使するのは、つまり埋め合わせのためだ」

シピオン
「なんの埋め合わせです?」

カリギュラ
「神々の愚かしさと憎しみ、それに対する埋め合わせだ」

シピオン
「憎しみによって憎しみを消すことはできません。権力は解決にはならないのです。そう、この世界が示す敵意に対抗するにはただ一つの道しかないと思います」

カリギュラ
「それはなんだ?」

シピオン
「清貧に甘んじることです」

カリギュラは、マニュキアを塗るべく、足の手入れをしながら、清貧に甘んじるのもいいが、自分の行う処刑よりももっとたくさんの人数が死ぬことになる、戦争を3度も拒否しているし、自分は信念をもってやってるのであって、暴君というわけではないぞ、という理論をふりかざす。

シピオン
「しかし、少なくともその場合は(戦争は)条理にかなっています、肝心なのは理解できるということです」

カリギュラ
「運命を理解することは出来ん、だからこそ俺自身が運命になるのだ。俺は神々のあのばかげた、理解のできぬ顔つきを自分の顔にしてやった。つい今しがた、お前の仲間が礼拝することをおそわったのが、その顔さ」

シピオン
「それこそ神を冒涜する行為です、カイユス」

カリギュラ
「違うな、シピオン、それは役者の芸ってものだ。あの連中の過ちはな、芝居というもの十分に信じていないことだ。そうでなけりゃ、やつらにもわかるはずだろうが、人間誰でも天上界の悲劇を演じ、神となることが許されていると。自分の心を非情無残なものにすればそれで足りる」

シピオン
「それはそうかもしれない。だがそれが事実だとすれば、あなたは、いつの日か、あなたのまわりに、神となった人間の群れが、もはや打ち破ることの出来ない力を備えて一斉に立ち上がり、あなたの束の間の神格を血の海におぼれさせつくす、そうなることばかりをひたすら心がけていることになるではありませんか」

セゾニア
「シピオン!」

カリギュラ(はっきりとした、厳しい声で)
「言わせておけ、セゾニア。お前は実にうまいことを言ったな。シピオン。まさしくおれは、ひたすら心がけてきたのだ。その日は、現実のものとしてはなかなか想像できない。だが、おれは勝手に思い描いてみることはある。するとそのとき、耐え難い夜の果てから進み出てくる顔という顔の、憎しみと不安に引きつったその表情に、おれはな、歓喜の思いで見出すのだ、おれがこの世界であがめてきた唯一の神の姿を、人間の心のようにあさましく卑劣な神をな。
(いらだって)  
さあ、もうよい、さがれ。それだけしゃべれば文句はあるまい。
(口調を変え)
おれはまだ足の指に紅を塗らなきゃならないのでね。早いとこ片付けなくては」


エリコンを除き、全員退場。エリコンは、足のつめの手入れに余念のないカリギュラの周りをまわる。

エリコンにいつになっら月を持ってきてくれるのだ、と問うカリギュラに、それは努力しております、それよりもっと重要なことをお耳に入れなければなりません、とカリギュラに伝えるが、カリギュラはそれを聞き流して、自分が実はかつて月を手に入れたことがあるのだ、という話をはじめる

カリギュラ
「いいか、おれはおれはすでに手に入れたことがあるのだ」

エリコン
「誰をです?」

カリギュラ
「月をさ」

エリコン
「それはそうでしょう。ですが、ご存知ですか、お命をねらう陰謀のあることを?」

カリギュラ
「しかも完全に手に入れたのだ。そりゃ、たった二回か三回のことだ。だがとにかくおれのものにしたのだよ」

エリコン
「いつになったら聞いていただけるのでしょうな」

カリギュラ
「あれは去年の夏のことだった。おれが月を眺め、庭の柱の連なりの上にかかる月を愛撫していたときから、月のほうにはおれの気持ちが結局わかっていたのだな」

エリコン
「こんな芝居はよしにしましょう、カイユス様。私の申し上げますことは、聞きたくないとおっしゃっても、なおかつお話いたすのが私の役目です。それでもお耳に入らなければ、いたしかたありません」

カリギュラ(相変わらず、一生懸命、足のつめを赤く塗りながら)
「このマニュキアは全然使いものにならん。
 いや、月の話に戻るが、あれは八月のある美しい夜のことだった。

(エリコンはむっとしてそっぽを向き、黙り込んだまま動かない)

 月の奴、ちょっとばかり気取っていたっけ。おれはすでに横になっていた。はじめのうちは、血のように赤く染まったその姿が、地平線の上に低くかかっていた。やがて月は高く上り始めた、次第に軽やかに、ますます勢いづいてな。上るほどにそのかがやきは増していった。ついにそれは、星々のすれあう響きに満ち溢れたこの夜のさなかに、乳色の水をたたえた湖のようになった。そのときだ、月はおれのところへ訪れてきた、熱気の中を、優しく、軽やかに、素っ裸の姿で。それは部屋の敷居を超え、ゆるやかなしかもゆるぎのない足取りで。おれの臥床(ふしど)まで訪れてきて、そこいっぱいに溢れ、おれをその微笑みときらめきとで満たしてくれたのだ。

  ・・・・・・どうやってみても、このマニュキアは使い物にならない。

だが、わかったろう、エリコン、自慢じゃないが本当におれは月を手に入れたことがあるのだ」

エリコン
「お聞きいただけないのですか?あなたのお身の上にどんな危険が迫っているか?」

カリギュラ(手を止めて、エリコンをまじまじと見つめ)
「おれはただ月が欲しいのだ、エリコン。おれにはとうにわかっている、何がおれを殺すかは。おれが生きていくための力を、おれはまだ使い尽くしてはいない。だからこそ、月が欲しいのだ。おれのもとへ月を持ってくるまでは、もう俺の前に姿を現すなよ。」

エリコン
「それなら、私の義務を果たすまでです、申し上げねばならぬことだけは、はっきり申し上げておきます。あなたを亡き者にせんとの陰謀があります。その頭はケレアです。私はたまたま一味のこの回状を手に入れました、肝心のことはこれでおわかりになるはずです。ここへ置いて参りますから。」

エリコンはその書版を椅子の上に置き、退出しようとする。エリコンにどこに行くのだ?と問うカリギュラに対して、「あなたの月を探しに参ります」と答え、その場を去るエリコン

反対側の扉をそっと叩く音。とっさにカリギュラは振り返り、老貴族の姿を見出す。

老貴族は自らクーデターに荷担していたにもかかわらず、陰謀が露見したときの処罰を恐れてか、密告者となり、カリギュラにクーデターの企みがあることを告げにきたのだ。その行為を忠義者とたたえるどころか、反対にこれは嘘ではないと誓いをたてようとする老貴族にカリギュラはおだやかに告げる

カリギュラ
「誓いなどたてるな、それだけは願い下げだ。それより、よく聴け。もし貴様の言葉に偽りがなければ、貴様は自分の友人たちを裏切ったのだ、そう考えねばなるまい、な?」

老貴族(いささか度を失って)
「それはつまり、カイユス様をお慕い申す私の心が・・・・・」

カリギュラ(前と同じ口調で)
「だがそんなことはおれには考えられんのだ。これまでおれは、卑怯な行いを唾棄してしてきたからな、裏切り者を生かしておくなどということは、おれとしてありえぬことだ。貴様がどういう人間か、おれにはよくわかっている、このおれにはな。貴様のほうだってもちろん、裏切ることも死ぬことも望んでいるはずがないしな。」

そして、老貴族が裏切り者の卑怯者でないなら、今言ったことは、冗談だったのだな?と念をおす。

貴族(すっかり取り乱して)
「冗談、ただの冗談でございます・・・・・・」

カリギュラ
「誰もおれの命を狙ってはおらん、確かにそうだな?」

老貴族
「誰も、はっ、誰もそんな・・・・・」

カリギュラ(深く呼吸をしてから、ゆっくりと)
「それなら、もうよい、帰りなさい。清廉の士というやつ、この世界にはめったにいない動物なのでな、おれはそいつの顔をあまり長いこと見てられないのだ。この大いなる瞬間をよく味わうために、おれは一人にならねばならぬ」

カリギュラは自分のいる場所から、例の回状の板をしばらく見つめている。彼はそれを手に取り、読む。深く息をして、それから衛兵を呼ぶ。

カリギュラ
「ケレアを呼べ。 (衛兵でていく) 待て。   (立ち止まる)   丁重に扱えよ」

衛兵退場した後、カリギュラはしばらく歩き回る。やがて、鏡の方へ行く

カリギュラ
「お前は論理的であろうと決心した、なんという馬鹿な奴だ。問題はただ、どこまで行けるか、それを知ることだ。 (皮肉に) 月を持ってきてくれれば、全ては変わるはずなのに、な? 不可能なものが可能になる、そうすれば同時に、しかも一挙に、あらゆるものが姿を変えるはずではないか。そうなってはいけないいわれはあるまい。カリギュラ?  誰にも予想はできまいが?

(あたりを見回す)

俺のまわりにはだんだん人間がいなくなる、奇妙なことだな。

(鏡に向かい、かすれた低い声で)

死人が多すぎる、死人が、死人が多すぎる、それで人気(ひとけ)がなくなるのだ。誰かが月を持ってきてくれたとしても、おれには元へ戻ることはできない。たとえ死人たちが、優しい陽の光を受けて、再び動き出したとしても、殺人の行い自身がそのために土の下に消えさることにはならないのだ。

(激しい怒りの口調で)
論理だ、カリギュラ、最後まで論理を押し通さねばならぬ。とことんまで権力を行使するのだ、何もかも捨てて、最後までやりとおす。そうとも、人間、元へ引き返せるものではない、突き進むだけだ、命のある限り、最後まで!」
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by pukapuyajiri | 2007-11-06 10:05 | カリギュラ
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