2007年 11月 14日 ( 3 )

カリギュラ 舞台レポート 11月13日ソワレ

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さてさて、ようやく舞台レポートに着手できます。あらかじめ言っておきますが、ぽっちりのブログは、あらすじや史実の記事をアップしていたことから分かるように、「あらすじを知っていること」を前提にレポートします。なので、

「ええ?この人死ぬの?」
「こんな結末だったとは知らなかったのに、ネタバレされた~(>_<)」

となってしまうと、非常に困りますので、あらすじさえも読んでいない、むしろ真っ白な状態で舞台にのぞみたい方は、どうか読むのをお控えくださいませ。演出上のネタバレはしないつもりですが、基本的におしゃべりなタイプなので、若干ネタバレと思われても仕方ないことも書くかもしれません。

どこまでがネタバレで、どこまでがレポートなのか・・・・この線引き、非常に難しいので、これからなるべく前情報を耳に入れずに舞台観劇にのぞまれるかたは、どうかご注意くださいませ。


ではでは、ぽっちりの舞台レポートです~ 読みたい方はぜひご参考までに。ただし、大したこと書かないと思うんでね。あんまり期待しないでね。なんせ、まだ舞台が始まって1週間ちょっとなんですから・・・・微細に書くわけにもいかないんで( ̄▽ ̄;)




 


                        ★★★★★★★★

・舞台が始まる前は、うわさに聞くどおり、すごい緊張感と静けさでした。せきをするのもためらわれるぐらい。マナーは非常によかったと思います。ぽっちりのいる場所からは、携帯の着信音もアラームもまったく聞こえず、今回はせきも全然聞こえませんでした( ̄▽ ̄)V


・原作どおり、エリコンは玉ねぎをかじりながら登場。まじで皮をむいて、りんごを齧るがごとく、がしゅっと行ってました(笑) 辛くないのか???  そして、エリコン、とてもとても素敵です。ぽっちりのイメージどおり~!ワイルドで皮肉屋で・・・素敵なエリコンでした。横田さんのファンになったわ~

・カリギュラが素敵なのは改めて言うまでもありませんが、オーランドのように、「きゃ~素敵~ヾ(≧∇≦)ノ」って感じにはなりません。絶望し、苦悩する皇帝。かっこいいとか素敵とかいう以前に、その狂気が痛々しく、足の長さも、美しい横顔も、そんなことはどうでもよいのだ、と思えるほどに、内面の苦しみが前面にでたカリギュラでした。

とはいえ、ところどころ、お茶目な一面を見せたり、原作を読んでる方はご存知のとおり、シピオンと心を通い合わせるシーン、ケレアと同じ魂と誇りをもった人間同士として、話し合うシーンなど、まとまな状態のカリギュラが垣間見れるシーンがいくつかあり、そのときに、初めて、小栗旬の美しさが際立つ、という感じでした。

・シピオンは可憐で、清廉で、勝地くん、初めて生で見ましたが、とても美しいシピオンでした。カリギュラとのシーンは、どちらもとても良いもので、じ~んと来ましたわ(>_<)

・ケレアの長谷川さん、初めて見ましたが、これまたカミュの戯曲のケレアのイメージにぴったり!声も、立ち姿も、カリギュラと正反対の理念をもつ凛とした佇まいを感じました。
 ただ、近衛隊長には見えない( ̄▽ ̄;)  軍人というより、断然、文系の政治家、って感じですね。ただ、これは蜷川さんの解釈うんぬんより、カミュのカリギュラのケレア自体がそうなんですよね。むしろ史実で、たたきあげの軍人だったって知って、びっくりしたぐらいですから。てっきり知性派の元老議員だと思ってたし(笑)

・セゾニアも素晴らしかった!本当にぽっちりのイメージどおり~( ̄▽ ̄)V
なんというかセゾニアはね、上流階級の女って感じがしないの。だから、解放奴隷のエリコンとともに、カリギュラの信頼を勝ち得てるんだと思うんだけど、若村さんのセゾニアはまさにそれを体現していたと思います。彼女自身は、大河ドラマで深窓の姫君を何度も演じてるから、上品な女はすぐにでも演じられるでしょう。でも、ちょっとはすっぱな物言い、それでいて、カリギュラのことを心底心配して、愛人というより、姉のような母のような大きな愛で包み込む様子、それが、カリギュラと直接せりふを交わしていない、色々なシーンで、なんともいえない様子でカリギュラを見つめている・・・・すごく素敵でした。髪型も、いかにもローマって感じで。

ビーナスにお祈りをささげる部分、せりふが大変じゃないかな?って思ったけど、お見事でしたよ!あのシーン、かなり面白い部分なんで、必見ですよ~( ̄▽ ̄)V

・どうでもいいことなんですが、ぽっちりの今回の席、カリギュラが貴族たち、ケレア、シピオンたちとともに食事をするシーンで、ケレアの近くだったんです。ケレアに近づいてきたカリギュラが、ケレアの皿からひょいっと食べ物をつかみ、無作法にむしゃむしゃ食べるんだけど・・・・あっあれは・・・・笹かまぼこ!質感といい、形といい、絶対笹かまでは?と思ってて、後で横にいた旬友さんに聞いたら彼女も、「あれって、笹かまぼこだよね!?」と言ってました(笑)

というわけで、次回観劇のかた、ぜひオペラグラスでケレアの食事の皿、のぞいてみてください。笹かまぼこかも。そうじゃなかったら、在庫ぎれで、ちくわのスライスかな?(笑)

・これまたどうでもいいことだけど、カリギュラがフランスパンのスライスを、むしゃむしゃ食べるシーンがあって、あっ、喉がつまらないかな?あんなの口にほおばりながらせりふを言って・・・と思ってたら、すぐに水差しから、ぐびぐび飲んでました。ほっとしました(笑)


・せりふの言い回しは、渡辺訳と、岩切訳では、色々と違います。反対に、一緒なところも多々あります。特に気になったところは、覚えているので、あとで直しておきます。こうやって千秋楽のころには、ちょいちょい手直ししていきますんで、プリントアウトすでにしている方は、千秋楽のころに、見比べてみると、面白いかも?

ちなみに例としては、

「ああ、セゾニア、おれは人間が絶望することもあるとは知っていた、だがおれはこの言葉の意味することを知らなかったのだ。おれは、他のやつらと同じように考えていた、それは(絶望とは)魂の病気だと。
 ちがう、苦しんでいるのは肉体なのだ。おれの皮膚が痛む、おれの胸が、おれの手足が。おれの頭の中はうつろなのに、おれの心臓が突き上げられる。いや、一番我慢のならんのは、口の中のこの味だ。血でもない、死でもない、熱でもない、それが全部一つになった味だ。おれが舌を動かしただけで、すべてが真っ黒になり、人間どもは見るもおぞましい姿に変わる。
 一人前の男になるとは、こんなに辛く、苦しいことなのか!」

ここで「一人前の男になるとは」とあって、これって、大人の男になるのは、ってことだと思ってたの。そしたら舞台では「たった一人の男になるとは」って、確か言ってたんですよね。
これって、立派な大人の男 = 一人前の男  じゃなくて、 孤独なたったひとりの男 という意味に岩切さんはとったんですね。 せりふと微妙に違うかもしれませんが、こういう違いが、随所あって興味深かったんですが・・・・書き留めてるわけでもないんで、だいぶ忘れちゃったけど( ̄▽ ̄;)



そして最後に、一番ぽっちりが胸を打たれたシーン。実は、最後のシーンもどか~んと胸にくるのですが、ぽっちり的に衝撃的だったのはこちら

シピオン
「~中略~  さようなら、カイユス様。すべてが終わったとき、ぼくがあなたを愛していたことを思いだしてください。」

彼は出て行く。カリギュラはその姿を見つめている。彼はある身振りをする。が、急に荒々しく首を振って、セゾニアのほうへ、戻ってくる。

この★ある身振り★ 、ぜひ注目してください。素晴らしい演技だったと思います!そして、ぽっちりが想像していたとおりでした。。ここにすべてが現れているように思うのです。カリギュラの本当に欲していたもの・・・・・



というわけで、ほかにも書きたいことは山ほどありますが、とりあえず今回はこれぐらいで。まだまだ先は長いですからね。観劇するかたは、ざっとしたストーリーは頭にいれておいたほうが、分かりやすいかと思いますが、まあ人それぞれですので・・・


ぽっちりのブログに来てる人のほとんどはあらすじ読んでると思うけどね( ̄▽ ̄;)

そして、あらすじや原作を読んでも、どうしてもカリギュラの気持ちがつかみきれない人・・・・想像しやすいかな?って思うポイント、書きますが、あくまで私見なので、自分の意見をしっかり持ってる人は読まないでください。いやいや、解釈違うんじゃない?と不愉快になっちゃうかも?

ともあれ、カリギュラを見るに際して、どうしても付きまとう疑問

★カリギュラは何にこんなに絶望して、破壊活動に走るのか・・・

これこそが戯曲の主題ともいえるべきものであり、カリギュラの論理の根幹だと思います。一口で、それはね、こうだよ、なんて私からは言えません。ただ、理解の入り口としては、

カリギュラは愛する妹ドリュジラの死で、人はあっけなく死んでしまうことを知ります。そして、ドリュジラの死には理由なんてないのです。人は死ぬ、ある日突然に。病気かもしれない、戦争かもしれない、殺人かもしれない、何も起こらなくてもいつかは死ぬ。まさにカリギュラのせりふにあるように「人間はすべて死ぬ、だから人間は幸せでない」という状態で生まれてくるのです。でも、人はいずれ来る死を恐れてばかりいれません。エリコンの言うところの「みんな、どうにかして折り合いをつけています」なのです。

でも、カリギュラは絶望しています。神々は残酷に、何の理由もなく、理不尽に人に死を与えます。この理不尽な神々の采配にとってかわるために、彼は理不尽に人に死を与えようとします。彼の知ってしまった苦しみは、私も理解できるものではないでしょうか。たとえば、福岡であった飲酒運転により3人の子供たちが一瞬で命を奪われた事件。あの残された両親は、天を呪ったのではないでしょうか。「なぜ、あの子達が死なねばならない!?あの子達が何をした?なぜ、神様は私たちでなく、純真無垢なあの子達の命を奪うのか?!」 ともあれ、あの事件は加害者がいます。両親の怒りはあちらに向けることもできるでしょう。しかし、病死や天災の場合は、加害者がいないかもしれません。そのときの苦しみと絶望、肉体の痛み、まさにカリギュラの言うところの、このような状態でしょう

「ああ、セゾニア、おれは人間が絶望することもあるとは知っていた、だがおれはこの言葉の意味することを知らなかったのだ。おれは、他のやつらと同じように考えていた、それは(絶望とは)魂の病気だと。  ちがう、苦しんでいるのは肉体なのだ。おれの皮膚が痛む、おれの胸が、おれの手足が。おれの頭の中はうつろなのに、おれの心臓が突き上げられる。いや、一番我慢のならんのは、口の中のこの味だ。血でもない、死でもない、熱でもない、それが全部一つになった味だ。おれが舌を動かしただけで、すべてが真っ黒になり、人間どもは見るもおぞましい姿に変わる。たった一人の男になるとは、こんなに辛く、苦しいことなのか!」

それを考えたときに、確かに、「死」というものは、理不尽にふりかかってくるものです。神々の与える理不尽な死の選択は、残酷であるといえるでしょう。運命によってはふりかかってくる死はさけられない。

でも、だからといって、神を、天を、人間が死ぬということに、神々の残酷な采配にそこまで怒りを覚えるかどうか・・・・ここは人しだいですが、カリギュラは不幸にも、「魂のありすぎる人」だった・・・ だから、人間がいつかは死に、永遠に続くものなど何もありやしないという真理に絶望したのではないでしょうか?

そして、その真理をくつがえすためには、不可能を可能にせねばならない、「月がほしい」という欲望は、不可能なものを手にしたいという意味だと思っています私は。 カリギュラのせりふであるように。そして、カリギュラの不幸だったことに、彼はローマ皇帝。理不尽な力を、論理の極限までふるうことのできる自由がまさにあったのです。神々と同じように、残酷な采配をすることができたのが、彼の不幸だったのでしょう。

カリギュラ
「問題はまさに不可能なことなのだ、いや、というより不可能を可能にすることだ」

シピオン 
「しかしそれは際限のない戯れです。狂人の気晴らしです。」

カリギュラ 
「いいや、シピオン、そいつは皇帝の美徳というものだ。 俺には初めて権力というものの効用がわかったよ。権力は不可能なことに実現のチャンスを与える。今日こそは、そして今日からはずっと、おれの自由に限界はない」




セゾニア (彼の前に立ちはだかり、懇願するように)

「この世には善いことと悪いことが、偉大なものと低級なものとが、正しいことと不正なこととがあるのよ。誓って言うわ、そういう全てが変わるはずはないのよ」

カリギュラ  (前と同じ口調で)

「俺の意思は、それを変えることだ。おれはこの時代に、平等という贈り物をしてやる。そして、すべてがまったいらになったとき、はじめて不可能が地上に存在し、月が俺の手に入る、そのときにこそ、恐らく、この俺自身というものが変わり、世界もおれと一緒に変わる、そうなって初めて、人間たちは死なずにすみ、幸せになるのだ。」



だんだんと、カリギュラの思い、考え、見えてきませんか?でもね、これが手に取るようにはっきりと分かる必要もない。それを教えてくれるのが、実際のカリギュラの舞台だと思うし、あの舞台を見て、考えや感じ方は人それぞれ。私だって、完全にわかっているわけじゃない。だからこそ、こういう戯曲という文学や舞台といった芸術は面白いんだと思うし、魅力的なんですよね♪

なぜカリギュラはこんなにも絶望しているのか・・・こういうことを考えながら見ていると、本当に彼が可哀想で、痛々しくて、そして愛しかった。時折子供のように震えて泣くカリギュラを抱きしめ、なぐさめるセゾニアに誰しも女性なら共感するのではないでしょうか・・・・



ではでは以上、第一回舞台レポートでした~
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by pukapuyajiri | 2007-11-14 17:15 | カリギュラ

カリギュラ観劇レポート① ~ホテル編~

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今新幹線の中です(^-^)v 舞台については自宅に帰ってからゆっくり書きます。携帯からじゃ文章書くの大変だし(((^^;)

まず今回泊まったホテルから。コクーンまで徒歩一分のこのホテル。すんごくおすすめです!ビジネスホテル山陽会館という所で、シングル6280円でした。楽天トラベルやYahooトラベルでも渋谷で女性が宿泊できる最安値かも。

部屋はシンプルだけど清潔。テレビはないけど、浴衣とバスタオル、歯ブラシ、小さいデスクとクローゼットがついてました。

ここの特徴は、トイレ洗面所が共同なこと。各フロアにありますが、二階は女性限定フロアだったので、廊下で会う人は女性ばかりでした(^-^)

更におお!と思ったのがお風呂。銭湯の小規模版、って感じで、綺麗に掃除もされてる。朝六時半から入れるので、朝風呂にゆっくりつかりました(*^^*) 家のお風呂よりずっと広いし、シャンプー、リンス、ボディソープ、化粧水、乳液、ドライヤーなど一通りそろってる。あっ綿棒もあったよ!とにかく清潔だし、気持ちのよい風呂でした(*^^*)

さらに無料で朝食もついてました。ロビーで出るんだけど、画像を見てのとおり、六枚切りのトースト二枚、ゆで卵、コーヒーの朝食。十分です~(T-T)

というわけで、非常に感じのいいホテルでした!コクーンにも劇近だし、立地はラブホテルの横とかだけど、これで6280円、お値打ちだと思いましたよ~(^-^)v

東京遠征でコクーン近くの安い宿をお探しの方にはおすすめです~

ちなみに13日は、観劇前はnicoさん、更紗さん、栞さんたちと食事。コクーン入り口にcannaさんもおしゃべりのためわざわざ会社帰りに寄っていただいて、楽しい時間を過ごしました(^-^)v
観劇後は、kukoさん、更紗さん、nicoさんとお茶して、更に飲みにも行きましたよ~

朝はEllyさんと新横浜のホテルの喫茶ラウンジで9時から集まってお茶(*^^*) そして10時半ごろの新幹線に乗るまで、おしゃべりに花を咲かせました。

カリギュラももちろん素晴らしかったし、そちらはまた後で言及しますが、こういった旬友さんとの交流もすごく楽しく、幸せなものでした(^-^)v

ちなみにおまけなのですが、最後まで一緒に飲んでたnicoさんと別れた後、ホテルまで歩いてたら、ナンパされたんです(((^^;)時刻は日が変わったころ。言っておくけどぽっちり、スタイル抜群やの美人でも何でもなく、むしろ太った30代の女性です。観劇用に多少お洒落はしてるものの、全然たいしたことない容貌。ナンパしてきた男性は同年代の感じで、気の弱そうな人でした(笑) 一緒に飲みにいきましょう、カラオケはどうですか、喫茶店でお茶は?僕のアパート近くなんですけど、とかいろいろ言ってくるんだけど、
『私にその気はないんで、他の女性を誘った方が建設的ですよ』 と断り続けたら、どっかに行きました(笑)

恐るべし渋谷!娘は一人で行かせられないわ!とかいっても若い頃はあーいう刺激的な町が楽しいんだろうけど(((^^;)

にしても、あんな気の弱そうな普通の男性がナンパするなんて想像もしなかったわ。まあ、あーいうのに限って、部屋にのこのこ着いて行ったら、手錠とかロープとかロウソクとか用意してあったりしてね(笑) 怖い怖い(笑)

★追伸

15時30分、ようやく自宅にたどりつきました~。新幹線に新横浜から乗って、ちょうど5時間!遠いやんけ~( ̄▽ ̄;) 今度はこれを日帰りで往復するんです・・・。帰りは爆睡確実ですね(笑)

そうそう、それと、改めていっておくけど、ぽっちり、本当にデブデブなんですよ!だからこそ、難破じゃなかったナンパされたことに、すっごいびっくりしました。こんなの海外バックパッカー旅行で、日本人女性の金と体目当ての現地人のナンパ以来ですね。現物を知ってる人からしたら、ええ?なんぱ?ありえな~い(((( ;゚Д゚)))ガクガクプルプル   って感じだと思うので、一応皆さんに言っておきます!可愛い女性を想像しないでね~(笑) 実際に会った時にびっくりするだろうから(笑)
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by pukapuyajiri | 2007-11-14 12:46

観劇しました(^-^)v

観劇レポートをお待ちの方も多いかと思いますが、今はまだしっかり文章書ける状態にないので、対したこと書きません。ご期待に添えず、申し訳ありません。そのかわり、帰りの新幹線の中から観劇レポート書きますので、よろしく~(*^^*)

ただ一つ言うなれば、色んな意味で、原作どおりでした。私の戯曲の解釈と蜷川さんの解釈はほぼ一緒かと。

そして、カリギュラは愛すべき可哀想な人でした。立場で言うなれば、セゾニアの感情が一番私の感情に近いと思います。

そして、渡辺訳より、ずいぶん分かりやすいセリフになっています。でも基本的なスタンスとして、カリギュラは何に絶望して狂気に陥ってしまったのか、それを理解しようと思いながら見ると、いろいろ見えてくるかもしれません。彼の論理は難しい。でも難しくていいんです。常人に理解しがたい論理をもつがゆえに、彼は狂っているのです。そして狂っているという表現は、常人が理解しがたい行動と論理をもつから、人は『あいつは狂っている』と表現できるのでしょうから。

実は観劇後に旬友さんたちとお茶、さらに飲みに行って酔っぱらってるので、このへんにしときます。今は真面目なことかけなさそうだし(笑)

というわけで、昼ごるに観劇レポートアップするかも。アップしてなかったら、ぽっちりさん、新幹線で爆睡ね、って思ってください(笑)

ではではおやすみなさーい(^-^ゞ
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by pukapuyajiri | 2007-11-14 01:18