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カミュ原作 「カリギュラ」あらすじ 第四幕  ~中~

詩人を招集して、その場で題をだし、即興の詩を作らせることにしたカリギュラ。今までになく陰鬱な様子のカリギュラ。詩人たちを呼び入れるよう命じると二人ずつ隊伍(たいご)を組んで、詩人が12人ほど登場。歩調をそろえて、右手へ降りてゆく。シピオンも詩人たちの列に加わると、カリギュラは、セゾニアならびに貴族たちとともに、舞台奥に腰をおろす。  

カリギュラ
「題は死。作る時間は1分。」

詩人たちはあわただしく書板に詩を書く。審査員はカリギュラ一人で行う。

カリギュラ
「よし、では聴け。お前たちは列から一人一人前へ出てくる。おれが呼び子を吹く。一番が朗読を始める。おれが呼び子を吹いたら、そいつはやめて、次が始める。以下同様だ。優勝者はもちろん、自分の作品が呼び子で中断されなかったものというわけだ。用意は良いな。
(ケレアの方をむき、そっと打ち明ける口調で) どんなことでも、組織的にやらねばならん、芸術だって例外ではない」

呼び子を吹く。

第一の詩人
「死よ、かの黒き岸辺のかなた・・・・」

呼び子が鳴る。詩人は左手におりる。他のものも以下同様にする。機械的な動きの場面

どの詩人の詩も、少し聞いただけでカリギュラは気に食わず、呼び子が幾度も鳴る。シピオンが書板も持たずに進み出る

カリギュラ
「お前の番だ、シピオン。書いたものは持っていないのか?」

必要ないと答えるシピオン。カリギュラは呼び子を噛む


シピオンはカリギュラのすぐそばに寄って、カリギュラには目をやらず、一種疲れきった様子で、詩を暗誦する

「幸福を追う狩、それが命ある者を清らかにする、
 空には陽の光がさらさらと、
 かけがえのない、野生の宴(うたげ)、希望もなくただ狂おしいわが歓び(よろこび)!・・・・」

カリギュラ(穏やかに)
「そこまででよい。(シピオンに) その年で、よく死というものの真(まこと)の教訓を心得ているな。」

シピオン(カリギュラをじっと見つめて)
「この年で、ぼくはすでに父を喪った(うしなった)のです」

カリギュラ(急に顔をそむけて)
「さあ、お前たち、また列を作れ。まがいものの詩人というだけで、おれの趣味から言えばすでにきつすぎるぐらいの罰だ。これまでおれはお前たちを味方にしておこうと考えていたし、また、おれを守る最後の砦になるかも知れんとさえ思うこともあった。
 だが、そんなのはあだな望みだ、お前たちも今からは十把一(じゅっぱひと)からげ、おれの敵とみなしてやる。詩人どもはおれの敵だ、はっきり言ってやろう、これでおさらばだ。きちんと並んで出て行け!
 さあ俺の前を行進するのだ、お前らの恥辱の痕跡を消すために、銘々の書いた板をなめながら進め。いいな、前へ進め!」

拍子をとって鳴る呼び子の音。詩人たちは、分列行進の歩調で、彼らの不滅の作品をなめながら、右手より退場する。そして、観客であった貴族たちにもさがるよう命じるカリギュラ。


戸口でケレアが第一の貴族の肩をつかまえ、決行の時が来たことを告げる。それを耳にしたシピオンは、戸口のところでためらい、それからカリギュラのほうへ進みよる。自分をほうっておいてくれと告げるカリギュラにシピオンは、別れの言葉をのべる。

シピオン
「ぼくにはもう分かっています、あなたはご自分の道を選んでしまわれた」

カリギュラ
「ほっといてくれ」

シピオン
「もちろん、ほっておいてさしあげます、あなたのお気持ちはわかってしまったような気がしますから。あなたにとっても、あなたにこんなにもよく似ているぼくにとっても、もう逃げ道はないのです。ぼくは旅に出ます、遠くへ、こういうことすべての理由を見つけるために

(間   彼はカリギュラを見つめる。力をこめて)

さようなら、カイユス様。すべてが終わったとき、ぼくがあなたを愛していたことを思いだしてください。」

彼は出て行く。カリギュラはその姿を見つめている。彼はある身振りをする。が、急に荒々しく首を振って、セゾニアのほうへ、戻ってくる。


シピオンは去っていき、その姿を見つめていたカリギュラだが、セゾニアの元に戻ってくる。シピオンとの会話の内容を聞くセゾニア。お前とシピオンのことを考えている・・・と伝えるカリギュラ。

カリギュラ(セゾニアを見つめて)
「シピオンは行ってしまった。これでおれは友情というものにもけりをつけた。だが、お前は、お前はいったいどうしてまだここにいるのか・・・・・・」

セゾニア
「あなたのお気に入っているからです」

カリギュラ
「違うな。お前を殺させれば、おれにもわかるかもしれない。」

セゾニア
「それもひとつの解決でしょうね。そうなさればいい。でもその前に、せめて一分間だけでいい。自分をゆだねて、自由に生きてみるつもりはないの?」

カリギュラ
「おれはここ数年来、自由に生きようとその修練を積んできた」

セゾニア
「私の申し上げるのはそういう意味ではありません。こういうことなのです、いいですか?汚れのない心で、生き、そして愛するのは、素晴らしいことに違いないのですわ」

カリギュラ
「誰でも自分なりに汚れのない心などは手に入れるものだ。おれは、一番大事なことを追求しながらそうする。だからといって、おれのほうで、お前を殺させることができなくなるわけではないぞ。 (笑う) そうすれば、それがおれの生涯の最後を飾ることになるだろうな」

カリギュラは立ち上がり、鏡を自分のほうへ向ける。彼は両手を垂らしたまま、そのままの姿勢で、獣のようにぐるぐる歩き回る

カリギュラ
「まったくおかしな話だ。おれは人を殺さないと、ひとりぼっちな気持ちになる。生きている人間たちだけでは、この宇宙を満たし、倦怠を追い払うのに足りんのだ。お前たちがみんなそろってそこにいると、お前たちはおれに限りのない空虚を感じさせ、その中ではおれは物を見つめることができなくなる。おれは死人どもに囲まれていないと気分が悪いのだ

(少し前かがみになって、観客に向かい立ちはだかり、セゾニアのことは念頭になくなっている)

やつらは本物だ。やつらこそ、おれと同じなのだ。やつらはおれを待っている。おれをせきたてている。 (首をふる) 声を限りに赦しを乞うたが、おれがその舌を切り取らせてしまったあのどこの誰とも知れないやつと、おれは長いこと話し合うのだ」

セゾニア
「ここへいらっしゃい。あたしのそばで横になるの。あたしのひざに頭をのせて。
(カリギュラは言われたとおりにする)これでいいのよ。何もかも静かになったわ」

カリギュラ
「静かになったと!ふざけるのはよせ。あの武器の音が聞こえないのか?
(武器の触れ合う音が聞こえる) お前には分からないのか?おれをつけ狙う憎悪のあらわれ、あの幾千のひそかな物音が」


ざわめきの音は現実のものである。そんな大それたことをする者はいない、とカリギュラをなだめるセゾニア。

セゾニア(熱烈に)
「あたしたちがあなたをお守りします、あなたを愛している者はまだたくさんおりますもの。あの連中があなたを殺すことなどありません。仮にそんな企みがあっても、何か天のご加護があって、その連中はあなたのお体に手を触れる前に滅ぼされてしまいますわ。」

カリギュラ
「天のか!天などはな、ありはせぬのだ。(腰をおろす)  だが、どうして突然、そんなに愛情を見せるのだ、俺たちのいつもの習慣と違うではないか」

セゾニア(すでに立ち上がっていたが、歩き出して)

「あなたの人殺し、それを見せ付けられるだけでは不十分で、あなたがいつかは殺される人だということを知れというの?まだ足りないというのね、残酷な、苦しみ悩むあなたのお相手をし、あなたがあたしの上に乗ってくるときに、あの人殺しのにおいを嗅がせていただくだけではまだ足りないと!
 毎日毎日、このあたしには見えていた、あなたのなかの人間らしい姿が少しずつ死に絶えていくのが。 (カリギュラのほうに向き直って)  あたしは年を取ったわ。もう少しすれば、ふた目と見れなくなる、知っています。でも、あなたのことを心配するあまり、あたしはこんなに心の寛い女になってしまった、もう今ではあなたに愛していただけなくても、そんなことは問題にならないほどなのだわ。
 ただあたしの願いは、あなたにその病気から癒っていただきたいこと、あなたはまだ子供なのだもの。あなたの人生はまだこれから!人生がそっくりそこにある、それ以上にどんな素晴らしいものがあると、おっしゃるの?」


カリギュラは立ち上がり、セゾニアを見つめると「お前はずいぶん長いことここにいるな」と告げる。そして両腕にセゾニアを抱きしめ、片手で彼女の顔を少しあおむける。

「おれは29だ。まだ若い。だがしかし、それにもかかわらずおれの人生がすでにかくも長いものに、かくも多くの戦利品に蓋(おお)われた、かくも完成したものに思われる現在、お前こそは最後の証人となるのだ。そしてすでにおれはな、やがてお前がなる年老いた女に対して、恥の想いの入り混じった一種の愛情を、心ならずも覚えてしまう。」

セゾニア
「お側におくと言ってちょうだい」

カリギュラ
「それはわからん。ただおれにははっきりと分かっているのは、だからこそそれが一番おぞましいのだ、この恥の想いのいりまじった愛情こそが、これまでおれの人生が俺に与えた唯一の純粋な感情なのだ、と言う事だ。」

セゾニアは彼の腕から身を引く、カリギュラは彼女を追う。彼女は自分の背中を彼に押し付ける、彼は彼女を抱きしめる

セゾニア
「嬉しいわ。あなたの言ってくれたこと。でも、どうしてこの幸福を分かち合えないのかしら、あなたと。幸福は惜しみなく与えるもの。破壊を糧にはしないわ。」

カリギュラ
「それなら二通りの幸福があるのだ、そしてこのおれは人殺しの幸福を選んだのだ。今俺は幸福だからな。いつだかは、苦しみの極限に達したと思ったときがあった。ところがだ。そうじゃない、人間もっと先までいける。この苦しみの国の果てには、不毛の素晴らしい幸福がある。

見ろ、この俺を。 (彼女は彼のほうに振り向く)

俺は笑いが止まらん、そうとも、セゾニア、ローマ全体がだ、実に何年もの間、ドリュジラの名を口にするのを避けとおしてきたと思うとな。そうとも、実に何年にもわたって、ローマは思い違いをしていたわけだ。おれには愛だけでは不十分なのだ。これこそそのときおれに分かったことだ。

今またこうしてお前を眺めていると、いまさらのようにそれがわかる。一人の人間を愛するとは、その人間と一緒に年老いるのを受け入れることにほかならない。そんな愛はおれにはできん。年をとったドリュジラなぞ、死んだドリュジラよりはるかに我慢のならないものだった。愛していた相手が一日のうちに死んでしまうから人間は苦しむ、そうやつらは思う。だが、その男の本当の苦しみはそんなつまらぬことではない。

悲しみすらも長続きはしないことを覚る(さとる)ことだ。苦しみすら、意味がないのだ。
 
いいか、おれにはどんな言い訳もなかった、恋愛の漠とした影、憂鬱の苦い味すらもなかったのだ。おれにはアリバイはない。

だが今日のおれは、何年か前の俺よりもさらに自由だ、想い出からも幻影からも開放されたおれだからだ。 

(狂ったように笑う)

おれは知っているぞ、何一つ長続きはしないのだ!それを知るとは容易なことではない!

それを本当に体験し、この狂気の幸福を成就したのは、おれたち、歴史の上でわずか二人か三人にすぎない。セゾニア、お前はこの実に奇怪な悲劇、よく最後までつきあってくれた。お前にとっても、いよいよ幕の降りるときが来たぞ」


彼は再びセゾニアの背後へ回り、その腕をセゾニアの首にまわす。セゾニアは慄然(りつぜん)として、「ではそれが幸福だとおっしゃるの、その怖ろしい自由が?」とカリギュラに問う。

カリギュラは腕で徐々にセゾニアの首を絞めながら答える

「そのとおりだ、セゾニア。この自由がなかったら、おれも満ち足りた人間になっていたろう。この自由のおかげで、おれは孤独な人間の、神のごとき洞察力を身につけたのだ。

(彼は徐々にセゾニアの首を絞めながら、ますます興奮していく。セゾニアはやや両手を前に差し出した形で、なすがままにさせている。彼はセゾニアの耳元に口を寄せて、話す)

俺は生き、おれは殺す、おれは破壊者の気違いじみた力をふるう。これに比べれば、創造主の力など、滑稽な猿真似にすぎない。

まさにこれなのだ、幸福であるとは。

この耐え難いほどの解放感、あらゆるものに対する軽蔑、流れる血、おれを取り巻く憎悪、おのれの生涯をあますことなく見据えている人間のこの比類ない孤立、罰を受けない暗殺者の常軌を逸した歓び、人間の命を砕く情け容赦ないこの論理!

(彼は笑う)

この論理が、セゾニア、おまえを打ち砕き、そしてついに、欲しくてたまらない永遠の孤独を完成させるんだ!」


セゾニア(弱々しくもがいて)
「カイユス!」

カリギュラ(ますます興奮して)
「いいや、情愛を見せるのは無用だ。けりをつけねばならん、時間がない、時間がないのだ。
 いとしいセゾニア!!」


セゾニア、断末魔の息となる。カリギュラは彼女をベッドのところまで引きずっていき、手を放すと、彼女はそのままくずおれる。カリギュラは、錯乱の態で彼女を見つめ、しわがれた声で、死んだセゾニアにむかって告げる。

「お前だってやっぱり、罪があったのだ。だが、殺したって、解決にはならぬ」
by pukapuyajiri | 2007-11-06 11:13 | カリギュラ
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